IMC理論
(論文)

IMC Theory. Integrated Marketing Communications

IMC理論とは?

IMC理論(Integrated Marketing Communications=統合型マーケティング・コミュニケーション)は、1990年代初めに米国ノースウェスタン大学のドン・E・シュルツ教授らによって提唱されました。従来は個別に行なわれてきた広告、PR、セールス・プロモーション、ダイレクト・マーケティング、製品パッケージといった企業のあらゆるマーケティング・コミュニケーション活動を戦略的に統合し、受け手である消費者の立場からそれらを再構築する、というものです。

著者:Don E. Schultz, et al

1

統合型マーケティング・コミュニケーション=Integrated Marketing Communications とは何か

IMC (Integrated Marketing Communications=統合型マーケティング・コミュニケーション)は、1990年代初めに米国ノースウェスタン大学のドン・E・シュルツ教授らによって提唱されました。要約すると、「企業が発信する広告、PR、セールス・プロモーション、ダイレクト・マーケティング、製品パッケージといったあらゆるマーケティング・コミュニケーション活動を、受け手である消費者の視点で再構築し、戦略的に統合するべきである」というものです。単純に考えれば、それは当たり前のことであり、特に目からうろこが落ちるような話ではないと思われるでしょう。しかし実際に、IMCがうまくいっている企業はほとんどありません。

日常生活で嫌というほど目にする広告ですが、それが本当の企業の姿であると信じる人は一体どれだけいるでしょうか? 良心的な広告を流している企業なのに、製品を買った後に問い合わせをしてみたら、不親切な対応にがっかりした経験をした人は少なくないはずです。また、興味のないダイレクト・メールを何度も送りつけられたり、しつこくセールス電話をされたり、セールスマンや店員から、聞きたくもない話を延々とされたことはありませんか? 有名企業の社会正義に反する行為を目の前にして、腹を立てたことはありませんか? これらはすべて、IMCがうまくいっていない企業の事例です。

IMC実践の鍵は2つ

企業がIMCを実践するにあたって最も大切なことは、大きく分けて2つあります。 第1に「マーケット・イン思考」で事業を行うということです。マーケット・イン思考とは、「製品開発から製造そして販売・広告に至るまで、すべての事業戦略を顧客の視点から見た時に最も価値がある形で構築する」という考え方です。これに対して、売り手の論理・作り手の論理・企業の論理で無理に事業を推し進めようとするのが、プロダクト・アウトの発想です。世界経済が発展し、自由な市場競争が熾烈を極める中、消費者が主導する経済社会が到来していることは誰もが実感する世の中ですが、依然としてプロダクト・アウトの発想で行動している企業は少なくありません。顧客第一主義を掲げ、広告に訴える企業は数多くあります。しかし、本当にマーケット・イン思考で事業を展開しているならば、優れた製品を見るだけで、質の良いサービスを受けるだけで、顧客は自分の満足を第一に考えてくれている企業だと感じ、自然とその評判は口コミで広がりますから、自ら大げさに宣伝する必要はありません。

第2に「戦略と戦術の統合」です。戦略と戦術の統合とは、マーケット・イン思考で立てられた事業戦略に対して、製品開発・製品デザイン・パッケージデザイン・店舗デザイン・従業員のユニフォーム・販促プロモーション・営業マンのセールストークや態度・広告メッセージ・アフターサービス体制や従業員の態度など、実際に展開していく戦術がすべて一貫したものとして統合されることです。ところが実際は、顧客第一の事業戦略はいつのまにかどこかへ行ってしまい、企業の論理で製品が開発され、顧客に提供する価値が曖昧なまま、営業現場ではピントはずれのセールストークが使われ、顧客の気をひくことしか考えない広告が、実態にそぐわないチグハグなイメージをまき散らしていて、消費者から無視されているというケースは枚挙に暇がありません。

顧客が、企業と接する機会をブランド・コンタクトと言います。顧客はあらゆる形のブランド・コンタクトを通じて、ブランド経験を積み重ねることで、心の中に企業に対するブランド・ポジションを形成します。企業がターゲットとする顧客に、狙い通りのパーセプションを持ってもらい戦略的なブランド形成をコントロールすることがブランド戦略であり、その具体的実践手法として統合型マーケティング・コミュニケーションの考え方が必要なのです。

SONYの卓越したIMCとアップルとの攻防

SONYのブランド力が強いことはご存知の通りですが、同時に卓越したIMCを実践してきた企業と言い換えることもできます。SONYのウォークマンを思い出してください。ウォークマンが発売された時、見ただけで誰もがその開発コンセプトに感動したことでしょう。SONYは、ウォークマンという絶妙なネーミングとともに、製品だけにフォーカスした控えめで上品な広告を行い、顧客第一であると自分で宣伝したことはありません。顧客にとっては、SONYが顧客第一を掲げている企業かどうかなど、何の興味もありません。それよりもどのような魅力的な製品で、自分を満足させてくれるかという事実を見たいのです。

つまりSONYは、ウォークマンという画期的なマーケット・イン型の製品の開発に成功しただけでなく、広告の発信においても、マーケット・イン思考を発揮し、自分達がターゲットにしたい顧客の視点に立った戦略的マーケティング・コミュニケーションを実施したわけです。

仮にそのような戦略的マーケティング・コミュニケーションを実施しなかったとしても、ウォークマンのような誰もがワクワクする商品であれば、きっと爆発的に売れたのかもしれません。しかしSONYは、ウォークマンのような製品で人々の興味を釘付けにしたばかりでなく、製品の良し悪しを判断するのはSONYではなく、お客様であるというメッセージを「It’s a SONY」に込めることで、顧客を尊重する企業、上品で洗練された美学を持った文化を持っている企業であることを、そのような考え方に賛同する顧客層に向けて、無言で強烈にアピールすることに成功したのです。

この手法はSONYのすべてのマーケティング・コミュニケーションに一貫性と継続性を持って踏襲されていて、長期にわたって優良な顧客の心を捉え、ウォークマン以外の平凡な製品に至るまで、SONYの全製品に対する人々の支持や憧れを醸成し、現在もなおブランドランキングで世界のトップを走るような長年にわたる強いブランドの獲得を可能にしたのです。もし、マーケティング・コミュニケーションの戦略を誤っていたなら、爆発的なウォークマンの売り上げはあったとしても、一時的な流行に終わり、すぐさま競合他社の類似製品の追い上げにより、過当な価格競争に巻き込まれ、今のように長期的に会社全体としての競争優位性を発揮する強力なコーポレート・ブランドを獲得するまでには至らなかったものと思われます。

しかし既にご存知の通り、かつて世界を席巻し強大なブランド力を獲得したウォークマンは、アップルの開発したデジタル機器であるiPodにより猛攻を受けます。そして両社の戦いは今日、音楽配信、携帯電話、ゲームをも含めた総合的なデジタルモバイル戦争へと発展してきました。

デジタル統合革命という新しい領域を創造し、SONYだけでなく世界中の他業種の企業に戦いを挑んできたアップルですが、つぶさに観察するとそのマーケティング・コミュニケーション手法はかつてのSONYのブランド戦略を見事にベンチマークしており、常に一貫性と継続性を持って踏襲され、長期にわたって優良な顧客の心を捉えるように戦略的に設計・実施されています。

IMC戦略はどの企業にも不可欠

このように製品開発からマーケティング・コミュニケーションまですべてを戦略的にマーケット・イン思考で統合し、見事にブランド・ポジションを獲得できている企業は、SONYやアップルなど世界的に見てもごく少数の企業だけです。このような事例は、皆さん日常の場で実感していることでしょう。しかしその実感を、今度は企業人として実行しようとした時、いかに困難なことであるかということも、実感できると思います。

統合型マーケティング・コミュニケーションの理論は、SONYやアップルとは業種が違うとか、SONYやアップルだけは特別だとか、たまたま運が良かったのだと片付けるのではなく、それらの成功企業に見られる成功要因を検証しベンチマークすることで、他のいかなる業種のビジネスにおいても成功を勝ち取るための普遍的・科学的なビジネスの方法論として論理的に解明するための研究であり、大量生産・大量消費の時代から消費者主導型経済に移行した今、どのような業種・規模の企業であっても取り組むべき最も重要な課題といえます。