IMC理論
(論文)
統合報告とブランド戦略
ご存知の通り、従来日本ではCSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)に取り組む企業が増えてきています。企業は利潤追求を目的として設立されますが、長期的に存続するためには当然社会の一員として企業を取り巻くステーク・ホルダーと友好的な相互関係を結ばなければなりません。当然企業市民としての義務を果たすために、事業そのものとしての経済的側面における社会への貢献はもちろんのこと、環境に対する責任、従業員に対する人権の尊重や、協力下請企業への配慮、社会への説明責任の履行、社会貢献活動への取り組みなど、様々な社会との接点において社会的責任を果たす必要に迫られています。当初は、消費者団体を意識した環境問題への取り組みがいち早くクローズ・アップされ、大手企業を中心に環境に配慮した製品づくりがどんどん進む中、企業のグリーン調達が推進され一気に経済界全体にその重要性が浸透してきました。
次に金融市場においても、SRI(社会的責任投資)という概念が誕生してきました。これはESG(環境・社会・ガバナンス)に対してきちんと取り組んでいる企業は、不祥事リスクが小さくかつ長期的に見て企業価値を増大させ、高い株価パフォーマンスを示しているという考え方があることから、日本でもGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が、国連の責任投資原則(PRI)に署名するなど、日本政府もバックアップする形で次第にESG投資に対する関心が高まってきています。消費者・投資家という2つの重要なステーク・ホルダーからのESG・CSRに関する要求の強まりによって、今後加速度的に企業にとってその重要性が高まるものと予想されます。
大衆社会から市民社会へ
これらの現象は、90年代の初めに米国でIMCの重要性が叫ばれた背景としての「消費者主導型経済の到来」が、日本にも本格的に訪れてきていることの現れであるということができます。日本の消費者や投資家は、かつてのように「大衆」ではなく「市民」に移行しつつあるという重要な社会的価値観の変化と捉えなければなりません。つまり国や企業といった「お上」の指示に「大衆」がついてゆくという社会から、「市民」ひとりひとりが考え、判断し、主張するという社会に生まれ変わろうとしているという兆候です。大きな流れとして、政治も民間中心の政策に移行していますし、経済界も内部告発に始まる不祥事問題が次々と表面化するなど、欧米並みの社会構造へ向かう変化の動きが年々加速しています。
このような「市民社会」の時代において、企業の長期的存続を可能とするブランド戦略に必要な手法とは、マーケット・イン思考を重視したIMCであることを、もう一度強く認識しなければなりません。
レポーティングというコミュニケーションスタイル
こうした社会の流れの変化に伴い、日本のコミュニケーションの世界にも変化が始まっています。今まで、欧米企業の習慣であった環境レポートやCSRレポート、サステナビリティレポート、投資家へ向けたアニュアルレポートなど、企業がステーク・ホルダーに向けた年次報告書類の発行が、日本でも年々急激に拡大してきました。また、ここ数年の潮流としては、財務情報と非財務情報を統合した統合レポートを発行する企業も増加してきています。これらの流れは、日本における企業のマーケティング・コミュニケーションのスタンスが大きく変わろうとしている兆候でもあります。投資家や顧客・社会のステーク・ホルダーに向けて、企業が様々な種類の年次報告書を提出するということは、自社の存在意義について社会への説明責任を果たすということだけでなく、その判断を「大衆」ではなく「市民」に委ねる判断材料を提供するという行為にほかなりません。
まだまだ、従来型の「大衆」を広告によってコントロールするというスタイルを取った自画自賛宣伝型レポート類が多いとはいえ、社会変化を的確に捉えマーケット・イン思考に基づいて「大衆」ではなく「市民」に向けて人々の判断を尊重したレポートを出している企業が実際に出始めていますし、このようなスタンスを持った企業が増えてきて、ステーク・ホルダーからの熱い支持を得て強固なブランドを獲得するようになっていく時代が既に訪れていることは間違いありません。